
晴れの日に見た川と、 雨の翌日に見た川は違う。 春に嗅いだ匂いと、 夏の夕立のあとの匂いも違う。 一緒に歩く人が変われば、 足を止める場所まで変わる。 昨日は気づかなかった石に、 今日は光が当たっている。 前には通り過ぎた言葉が、 今の自分には妙に残る。 川が変わったのか。 自分が変わったのか。 その両方なのか。 決めなくてもえい。 決めずに持って帰ることで、 数日後、別の出来事と つながることもあるき。 今日、誰かが発した 何気ないひと言。 今日、川辺で見つけた 名も知らん草。 今日、説明できなかった 胸のざわつき。 それらは今すぐ 何かにならんでもかまわん。 小さな輪のまま、 どこかを漂っていたらえい。 ほいたらよ、、、、、 ふりいすたいる、でもうちっくといこうか?😀📮 七月二十二日。 完全な答えより、 近づこうとした跡に目を向ける日。 同じになることより、 違う景色を持ったまま 隣に立てるかを考える日。 輪の中心に入らなくても、 外側から眺めていてえい。 話さなくても、 川の音を一緒に聞くことはできる。 途中から加わっても、 途中で離れても、 また巡って戻ってきてもえい。 その人なりの距離があり、 その人なりの速度がある。 二十二を七で分けた先にある、 ほんの少しのずれ。 そのずれを、 埋めるべき隙間ではなく、 まだ見ぬ関係や、 まだ言葉にならない感覚が 宿れる場所として眺めてみる。 すると今日の鏡川にも、 いくつもの入口が ひらいて見えるかもしれん。 橋の影。 水鳥の進んだ跡。 📮川辺に置かれちょった歌 数えゆく 先にこぼるる 水の音 合わぬ歩幅も 輪のうちにあり 丸いもの。 途切れたもの。 少しずれたもの。 何度も戻ってくるもの。 円周率の数字のように、 鏡川の流れのように、 終わらないものには、 終わらないなりの つき合い方があるがかもしれんぞね。🌊 点と点がどんどん増えていったら、気がついたら、まるうなっちゅうがかもしれない けんど、その日常の中で立ち上がったがは、数字ではもうかぞえれんなるという、純粋なカーブの美のようなゆらぎかもしれない ふりいすたいる📮、かもしれない。 🌊どぶりゆうが🌊、かもしれない。
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