
無垢の日に、 川辺の石をひとつ見る。 木の肌を手でなぞる。 いつも通る道の匂いに気づく。 誰かの言葉を、 すぐ意味にせず、 一度だけ胸の中で転がしてみる。 「これは何の役に立つが?」 と聞く前に、 「なんで気になったがやろう」 と立ち止まる。 無垢は、 大げさな清らかさではなく、 日常の中に残っちゅう、 まだ固まっていない感覚のことかもしれんき。 ほんで、あと一歩 ちっくとどぶるぞね、えいいみで、 無垢は、 守りすぎると弱くなる。 傷つけないように、 汚れないように、 触れられないように、 ずっと箱の中へ入れてしまうと、 それはもう暮らしの中で呼吸できん。 本当の無垢は、 水に触れる。 土に触れる。 人に触れる。 失敗にも触れる。 笑いにも触れる。 少し恥ずかしい記憶にも触れる。 それでも、 芯のところで、 まだ何かを信じようとしている。 その感じやと思うがよ。 ほんじゃきに川の無垢は、 白い布みたいな無垢ではなく、 川石みたいな無垢かもしれん。 流されて、 ぶつかって、 角が少し丸くなって、 それでも石であり続ける。 つるつるでも、 ごつごつでも、 水に濡れたら光る。 今日という日は、 清く正しくなる日やろうか。 それとも、 自分の中にまだ残っちゅう 「決めつけられる前の感じ」へ、 少しだけ戻ってみる日ながやろうか。 うまく言えんままでもえい。 途中で話が曲がってもえい。 節があってもえい。 濁りがあってもえい。 そのまま水へ入れてみたとき、 ふっと光るところがあるなら、 それはたぶん、 まだ生きちゅう木目なのかも かがみがーさんからの、 「まあ、ちょっと川見に行こうか」 という何気ない足取りかもしれない。 そのあたりに、 今日のどぶりは、無垢な川底というががあったとしたら そっと沈んじゅう気がするがよ。 何もない、無の純白、とおもうちょったら 気がついたら、 キラリと輝きかえしてくれるが、 かもしれない。 ふりいすたいる📮、かもしれない。 🌊どぶりゆうが🌊、かもしれない。
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