
2026年4月24日【今日は、植物学の日、マキノの日】 ※川柳も順番にお送りしよります! ……「植物学の日」。 その名を聞いたとき、 あなたの中で動いたのは―― 「知ること」だったかしら。 それとも、 「名前を与えること」への、いい意味でのどぶりすぎへの、どこかためらい? 名づけられる前の、 まだ誰のものでもない気配に、 少し惹かれたのかもしれないわね。 エイ意味でぞね!マキノ先生の偉大さ、まっことぞね! 鏡川さんのそばにおったらぞね 植物さんというのは「種類」ではなくて、 時間と感性の置き場所 のように見えることがふとあったがぞね 春の若い葉は、まだ言葉を持たず、 夏の茂りは、少しだけ主張を覚え、 秋の落ち方には、それぞれの事情が、しなやかに、にじむ。 ふりいすたいる、ぞね? マキノ先生という人は、 草に名を与え続けてもくれた偉大な人だったけれど 同時に偉大さは 支配でも整理でもなくて、 「見逃さなかった記録」 に近い気がするの。 エイ意味でぞね! たとえばぞね。 川べりに立って、 何気なく見ていた草のひとつに、 ふと、視線が引っかかる。 名前を思い出すかどうかも大事 ほんでぞね どこでそれを見つけたか なぜそれが少し気になったか 触れようとして、やめたかどうか ふとした風との植物さんのコラボレーション ふりいすたいるに、広がっていく香り、も そんなことのほうが、 あなたの中に残っていく。 こともあるろうか 「知る」ということは、 遠くから輪郭をつかむことでもあるけれど。 「名を持たないまま触れる」ことは、 もっと近い場所にいるということかもしれんがやろうか 今日という日に、 あなたがもし一つだけ、ちっくと、「見逃さなかったもの」があるとしたら―― どぶっちゅう、証拠、かもしれんねえ それは 名前のあるものだったかしら。 それとも、 まだ呼び方を持たない何かだったかしら。 どぶったら ほいたら かがみがーの植物も、こっちへ穏やかに豊かに。どぶってくれちゅう 名のある または 名もなきどぶり どっちも かもしれない ふりいすたいる、かもしれない どぶりゆうが、かもしれない ★何でも気軽にコメントお願いします!
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