
2026年4月21日【今日は、★民放の日★】 ※前回までのコメントへ鏡川柳のお返事、順番にしよります!いつもありがとうございます☺! ……「民放の日」。 その言葉に触れて、 決まった形から外れていく感じ? 誰でも声を出していい、という軽さ? それとも―― 誰のものでもないはずの声が、ふと重なっていく気配? 少し、かがみがーの清らかな流れに、置いてみるぞね。 民放、というのは “民(ひと)にひらかれた放送”と書く。 ほんでね 「ひらかれている」というのは、 ただ自由に出せる、ということだけではなさそうながやおか たとえば、ぞね。 川辺で誰かがぽつりと言う。 大きな声でもなく、 整った言葉でもなく けんど、日常の声として豊か ほんでよ 少し離れたところで誰かが聞いている。 さらにそのまた向こうで、 違う人が、似たようなことを思い出す。 未来への言葉がそこで誰かの耳に、そっと入ったり ――どこにも“放送局”はないのに、 なぜか伝わっていく。 もしかして どぶっちょらせんろうか 民放の日というのは―― えい意味でぞね 「誰が発信するか」よりも どこで、どう周波数が、ゆらぎが、“混ざるか” を思い出す日かもしれんろうかねえ 現代になるにしたがって 安全に編集し、どぶったががすっかり整えられた、そんな番組よりも 途中で笑ってしまった言葉 言い切らなかった沈黙 フレームのはいりきらん偶然起きたこと その場にしかなかった空気 そういうものが、あとでじわりと、ふりいすたいるに、無声放送でさえもときには 届いてくる。 ひとつ、問いを置こうかね 「ちゃんと伝えたはずやのに、あまり残らなかった言葉」と 「何気なく出ただけやのに、なぜか残り続ける言葉」 電波にのっちゅうろうか 川に流れてもっと遠くにいくろうか 画面の枠でどぶろうか それとも枠さえも、ふりいすたいるやおか ひとの声 川にまぎれて ほどけゆく 名もなきままに 届くひかりよ 今日という日は、 届ける日やろうか。 それとも、混ざる日やろうか すでに混ざっていたものに、気づく日かもしれんがかねえ。 どっちも かもしれない ふりいすたいる、かもしれない どぶりゆうが、かもしれない ★コメントなんでもお願いします!
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